舩越園子のWorld Golf FUN FAN REPORT

溢れ出す「感謝の心」

文・写真/舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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優勝直後も優勝会見でも、大会ホストのニクラスへの感謝の心が溢れ出していたデシャンボーの姿が印象的だった

メモリアルトーナメント最終日、パットが冴えていたデシャンボーが勝利。思い出の大会で米ツアー2勝目を挙げた

メモリアルトーナメント最終日、パットが冴えていたデシャンボーが勝利。思い出の大会で米ツアー2勝目を挙げた

今年6月のメモリアル・トーナメントを制し、米ツアー通算2勝目を挙げたブライソン・デシャンボーは、72ホール目でウイニングパットを沈めた直後、歩み寄ってきた大会ホストのジャック・ニクラスと握手を交わし、帝王の右手を握ったまま、こんな話を始めた。
「僕がプロ転向した直後、あなたが僕をこの大会に推薦出場させてくれたことが僕のその後のキャリアにとても役立ちました。こうして今、ここで優勝できたのは、2年前にこの大会に出してもらったおかげです。本当にありがとうございました」

よほどうれしかったのだろう。デシャンボーの胸の中から溢れ出した「ありがとう」をニクラスは穏やかな笑顔を讃えながら静かに受け止めていた。

私も今でも覚えている。2016年のこの大会にプロ転向したばかりのデシャンボーが特別推薦で出場というニュースを耳にしたとき、米ゴルフ界のヒストリーをちょっと覗いてみたら、全米カレッジゴルフのNCAA選手権の個人優勝と全米アマチュア選手権優勝を同一年に達成したのはニクラス、フィル・ミケルソン、タイガー・ウッズ、ライアン・ムーア、そしてデシャンボーの5人しかいなかった。

ニクラスは自分と同じことをやってのけたデシャンボーを特別推薦で大会に招き入れ、当時まだ下部ツアー選手だったデシャンボーにとって、その推薦出場は「とても有難いもの」だった。アマチュアとして“偉業”を達成したとしても、層が厚い米国のプロの世界では簡単に推薦出場はもらえない。だからこそ、デシャンボーはそのときの感謝の心をずっと抱き続け、ついにその場で優勝を成し遂げた瞬間、その気持ちが溢れ出したのだ。

そんなデシャンボーがニクラスの右手を握り締めたまま語り続けた場面は、チャンスを与える側の優しさと、それを受け取る側の感謝があり、支える側と支えられる側の心が通じ合っている米ゴルフ界の美しい姿の象徴のように感じられた。

米ツアーで戦う選手の多くが、デシャンボー同様、試合に出してもらったからこそ今の自分があるという感謝の心を抱いている。

スピースは8歳から現在に至るまで、プロゴルファーとしての憧れの存在、フィル・ミケルソンへの感謝の心も抱き続けている

スピースは8歳から現在に至るまで、プロゴルファーとしての憧れの存在、フィル・ミケルソンへの感謝の心も抱き続けている

ジョーダン・スピースも、その一人。まだ16歳だった2010年、スピースは地元テキサス州で開催されるバイロン・ネルソン選手権の大会ディレクター宛に手紙を書いて送った。

その手紙には、スピース自身が父親に連れられて観戦に行った8歳のとき、ミケルソンのボールがすぐそばに止まり、「じっとしていられるかい?」と尋ねられて「イエス」と頷くと、ミケルソンが至近距離から見事なチップショットを打ってパーを拾い、「じっとしていてくれて、ありがとう」とスピースに言ったときの強烈な思い出がしたためられており、「そういう思い出を今度は僕が地元の子供たちのために作ってあげたい。だから僕を試合に出してください」と書かれていた。大会ディレクターは、そんなスピースの感謝の姿勢と優しさと行動力に感銘を受け、特別推薦を出した。

16歳にして、自分がもらった感動を自分より幼い子供たちに与えたいと綴ったスピースも素晴らしいが、その手紙をきちんと読んでスピースに推薦出場をオファーした大会ディレクターと大会側の姿勢も素晴らしかった。そのどちらが欠けていたとしても、メジャー3勝のジョーダン・スピースという選手は誕生していなかっただろう。

感謝が還元され、ゴルフが社会に浸透する

折りしも、日本では片山晋呉のプロアマの一件が大騒動となり、プロアマの在り方や選手が示すべき感謝の姿勢がフォーカスされた。

感謝というものは、そうしたくなる経験を経てきたからこそ感謝せずにはいられなくなるわけで、そういう場や機会をジュニアやアマチュア時代、下積み時代に味わわせてもらった選手たちは、だからこそ感謝の念を強め、恩返しをしようと思うようになる。

今年5月のウエルスファーゴ選手権のプロアマで、テキサス州の高校3年生、シャバッツ・ハシュミくんがタイガー・ウッズと同組で回った。大会側とNPO法人「ザ・ファーストティ」が行なったエッセーコンテストで優勝したハシュミくんは、優勝者に与えられる「好きなプロと一緒にプロアマでプレーできる」という特権を行使し、「タイガーと回りたい」と願い出て、夢が叶った。

インド系アメリカ人で3か国語を自在に操るグローバル性を兼ね備え、エッセーもゴルフも上手なハシュミくんが将来どんな道へ進むのかは、まだわからない。だが「僕はタイガーがいるからゴルフをやっている」というハシュミくんは、そのウッズと一緒に18ホールを回らせてもらったことに対する感謝の心を忘れることはないだろう。

いつか、その感謝は何かの形できっと社会へ還元される。そうやって米ゴルフ界が社会の中に居場所を作り、選手たちが感謝の心に溢れ、社会貢献に熱心になる。そのことを私は何より日本に伝えたくてペンを執った。