舩越園子のWorld Golf FUN FAN REPORT

「豊かなゴルフ界」の財産とは?

文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)

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18番グリーン横で、優勝したカントレーを出迎え、握手とともに労うニクラス

今年のマスターズを制したタイガー・ウッズの米ツアー通算勝利数は81勝になり、サム・スニードの82勝の記録まで、あと1つと迫っている。だが、ウッズがスニードを崇める背景には、通算勝利数という記録のみならず、幼少時代のこんな体験がある。

ウッズは5歳のとき、スニードと一緒にゴルフをする機会に恵まれた。終盤のパー3で、ウッズのティショットはグリーン手前の浅い池の中に落ちた。

「拾って打っていいよとサムは言った。でも僕は5歳とはいえ、拾い上げるのは悔しくて嫌だった。アール(父親)はいつも『あるがままのボールを打ちなさい』と言っていた。だから僕は池の中のボールをそのまま打った」

ウッズはそのホールでボギーを叩き、次ホールでもボギーを叩いて、スニードとの「勝負」に負けた。だが、負けん気を発揮して精一杯「戦った」という実感が得られたウッズは、負けたにも関わらず気分は爽快。それまで味わったことがなかった「戦士の魂」を導き出してくれたスニードのことがウッズはその後、大好きになり、その日のことは忘れがたき思い出になった。

どんなピンチに直面しても自分を律して戦い続けるアスリート魂は、そうやってスニードからウッズへと受け継がれた。そういう経緯があったからこそ、ウッズはスニードを尊敬し、彼が打ち立てた記録の打破を目指すようになったのだ。

さて、今年のマスターズで優勝したウッズのメジャー勝利数は15勝になり、帝王ジャック・ニクラスのメジャー18勝の記録まで、あと3つ。ニクラスに追い付き追い抜くことは、ウッズの究極の目標である。

だが、そもそもウッズが憧れ、目指したものは、ニクラスのメジャー勝利数ではなかった。ウッズいわく「僕の記憶に残っている最初のマスターズは1986年大会。ジャックがアイアンで軽々とグリーンを捉える姿を見て、ジャックのようなパワフルなゴルファーになろうと心に誓った」。

それは、ニクラスが46歳で最年長優勝を飾ったマスターズだった。当時はまだゴルファーがアスリートだとは思われていなかった時代。その中で、肉体を鍛え、ミドルエイジにしてパワフルなショットを打ち放っていたニクラスの姿は、10歳だったウッズの目にヒーローとして映り、脳裏に焼き付いた。

それからのウッズは、ショットやパットの練習以外にトレーニングにも精を出し、プロ転向後は肉体鍛錬に一層励んだ。

パワフルなゴルフの礎は、そうやってニクラスからウッズへと受け継がれた。そういう経緯があったからこそ、ウッズはニクラスを尊敬し、彼が打ちたてたメジャー18勝の記録の打破を目指すようになったのだ。

受け継がれるもの

そのニクラスが大会ホストを務めるメモリアル・トーナメントは、ウッズが過去5勝を挙げ、松山英樹が2014年に初優勝を飾った米ツアーの大会だ。

かつてニクラスはテレビ中継のブースに座り、選手たちが勝敗を決する瞬間まで解説していたが、ある時期からは中継ブースを早めに離れ、優勝争いの終盤を18番グリーン際で見守るようになった。勝敗が決まった直後に、その場で勝者を讃え、敗者をねぎらいたいと思ったからだそうだ。

72ホール目のグリーン際でニクラスが待っていてくれたことは、勝利を挙げた選手たちに大きな意味をもたらしてきた。

「ジャックの目の前で勝ち、ジャックと握手を交わした貴重な体験と喜びは、何にも代え難い思い出になった」

2002年覇者ジム・フューリックも、2004年覇者アーニー・エルスも、過去5勝のウッズも、昨年覇者のブライソン・デシャンボーも「ジャックと交わした握手の感触が忘れられない」と口を揃える。

今年のメモリアル・トーナメントを制したパトリック・カントレーも18番グリーン際でニクラスと握手を交わし、感無量の様子だった。カントレーは2011年に優れた大学生ゴルファーに贈られるジャック・ニクラス・アワードを受賞。そのときからニクラスとの「接点」ができた。

昨年のメモリアル・トーナメントで惜敗し、今年も優勝争いに絡んできたカントレーに、ニクラスはこんなアドバイスを送っていた。

「周りを見回して人々が楽しんでいる様子を見れば、自分も楽しくなる。リラックスして楽しみなさい。スマイルを心がけなさい」

ニクラスの言葉は、優勝争いの終盤、ずっとカントレーの胸の中にあったそうだ。

ニクラスから優勝者たちへと受け継がれたものは、彼らの糧となり、次代の選手たちへと受け継がれていく。スニードからウッズへ、ニクラスからウッズへ、他選手たちへと伝えられたものは、ゴルフ界全体の財産になる。そういう財産がたくさんあるからこそ、米ゴルフ界は潤っている。豊かなゴルフ界とは、そういうことなのだと私は信じている。