RIOからTOKYO 2020年に向けて
RIOからTOKYO
2020年に向けて日本ゴルフ界の対応は
開幕前にはゴルフ場建設の遅れや現地の治安悪化、ジカ熱不安、男子の過密日程などから来るトップ選手の出場辞退などのゴルフ競技盛り上げの不安要素は多々あったものの、無事、成功裡に閉幕した。ゴルフ競技の日本代表選手団チームリーダーとしてリオ五輪に参加したJGA専務理事・オリンピックゴルフ競技対策本部統轄コーディネーターの山中博史氏に、リオ五輪の感想と東京五輪に向けた構想、課題点を伺った。
─ リオ五輪開催前にはいろいろと治安や懸念事項がありましたが、無事に終了しました。リオ五輪の印象はいかがでしたか
行く前にはいろいろな不安材料が取り沙汰されて、メディアでも様々なことが取り上げられていましたけれども、リオの空港に着いた時から、閉会式が終わってリオの空港を出るまで自分自身が危険だと思うことに遭遇したことは一度もありませんでした。空港を出てから選手村に行くまでオリンピックレーンを通っていくのですが、自動小銃を肩にかけた軍隊の人が数百メートル間隔で立っていたり、街中を装甲車が走っていたりと、物々しい雰囲気は確かにありましたけれども。それに言われていたジカ熱問題にしても滞在中に小さい蚊らしきものを2~3回見かけたくらいで、刺されるということもありませんでしたし、蚊はどこにいるのかなというくらいでした。
また、他の競技の選手たちやテレビ局の人たちの中には資材が盗まれた、物を盗られたということはありましたが、私たちゴルフ競技の会場の周りでは平穏で騒ぎもなく淡々と時が流れていったという感じでした。
それから、私は選手村に宿泊したのですが、選手村というのはもっと警備がすごいものと思っていましたが、入るにはIDが無ければ入れませんが、それほど厳重にボディチェックがある訳でもなく、IDチェックをして、名前と写真を照合して終わりです。空港の手荷物検査場のようなところで持ち物は出すのですが、そこも常識の範囲内でのセキュリティでした。
ゴルフの日本代表選手は選手村には泊まっておらず、ゴルフ場敷地内のコンドミニアムやホテルなどに分散しておりましたが、彼らに話を聞いても危険な目にあったということは無かったですし、あえて危険なところに行かないように外出も控えていましたので、安全面で特に大きな問題はありませんでした。
─ 競技自体の雰囲気はどうでしたか
おそらく地元の人たちはゴルフという競技を見るのも初めてという方も多かったと思います。特に男子の最初の時にはインパクトの瞬間にカメラのシャッターを押したり、ライン上に立ったり、いろいろとありましたが、日が経つにつれて今度はその国の選手を応援する応援団のような人が増えてきました。観戦マナーについては、選手たちも徐々にこんなものだろうなという感じになりました。特に不平を言う訳でもなく、怒る訳でもなく。「バックスイングをあげたらカメラはやめてくださいね」といったことをキャディが言うくらいで、そこでイライラしたりトラブルになるようなことは無かったと思います。
─ 大会のプログラムに「バーディとは」、などゴルフ競技の初歩的な記載がありました
はい。本当にそのような感じの世界でした。ただ見ている限りでは現地のブラジルの方もいらっしゃったとは思いますが、ゴルフ競技のギャラリーは外国人が多かったように思います。ですから、思ったよりは整然としていたように思いました。以前、一番最初に中国でトーナメントを開催した時の方が、ギャラリーの観戦マナーにしても、何にしてもひどかったように思います。
─ 各日の観戦チケットも毎日1万2~3千枚を限度に用意していたと聞きましたが最終日は2万人弱とか
日本のように正式に数えてはいなかったので正確なところはわかりませんが、少なくとも用意したチケットは全部完売でした。私たちはトーナメント運営をしているので大体どのくらいの人が入っているのか見当はつくのですが、実数で言っても最終日は1万2000人以上は入っていたと思います。18番の結構大きなギャラリースタンドや、グリーン周りなど人の集まるところには相当な人数がおりましたし、中々の盛り上がりでした。
─ 3週間滞在された中で、チームジャパンとして選手と合流して試合に出ていくまではどのような感じでしたか
五輪だからと特別なことはなくて、普通のトーナメントと変わらない感じでした。会場でレジストレーションをして登録を済ませ、ヤーデージブックや注意事項が記載されているものをもらい、ファミリーパスを受け取って、ロッカーをあてがわれて、あとは自由に練習してくださいという感じでした。練習日はギャラリーに公開していませんでしたし、変わっていたことと言えば、男子と女子選手が入り混じって練習をしていたり、みんながチームユニフォームを着ていることくらいでしたかね。ただ、バッチの発行は通常のトーナメントよりは面倒でした。例えばファミリーパスは選手に対して4枚もらえますが、それは事前にパスポート情報を全部入力して、ギャラリーゲート横にある特別なバッチ発行所のようなところへ行って写真を撮り、パスポートの写しと名前と写真が合致して初めてパスがもらえます。それがあって初めてファミリーパスが使えるようになって、選手とファミリーが使える場所に入れます。ですから通常のトーナメントのようにゲストパスですよと渡されて、それがあればどこでも入れるということではなく、ある程度のところに入るためには必ず写真とIDが必要でしたが、あとは特段変わるところはありませんでした。
─ プロゴルフ選手ということでのスポンサーPRや肖像権などの問題は
事前に細かく決められているのですが、日本のようにきっちりとルールを守っていない国も多かったです。例えばゴルフのユニフォームとしてはメーカーの商標は一カ所のみ、ウエアと同色でサイズ規定がありましたが、ほとんど守られていませんでした。私たちは守っていたのですが、キャディバックや傘でもメーカー名がでかでかと入っているものを使っていたりと。そうしたところは試合が始まって徐々にIGFの方で黒いテープを貼ったり、マジックで塗りつぶしたりして対応していました。
─ 国際オリンピック委員会(IOC)、国際ゴルフ連盟(IGF)、日本オリンピック委員会(JOC)、日本ゴルフ協会(JGA)という団体間の調整があった中で苦労されたところもいろいろあったかと思いますが
最大の苦労は、選手がギリギリまで決まらないということでした。1カ月前でなければ選手が決まらないと何もできません。もちろん、明らかにオリンピックに選ばれるだろうというランキングにある選手もいたと思いますが、正式に決められるのは1カ月前ですから、そこからでないといろいろな準備にかかれない。特に男子の2番目の選手や女子の2人の選手についてはぎりぎりまでわからなかったので、変な話ですがユニフォームも作れない、飛行機も取れない、いつ現地に入って来られるのかもわからない、スケジュールも決められない。合宿を組むにしても選手が誰かわからないのでできないですし、そもそも代表候補者はプロ選手なので、国内外でツアーに出ていますから一堂に会することも無い。そうした中でもいろいろと決めていかなければならなかったので、そこだけがもっとも苦労したところです。やはりオリンピックはアマチュア選手を対象として様々なルールが決められていますから、それをプロに当てはめようとすると問題点にぶつかります。飛行機の搭乗クラスの問題、宿泊施設の問題、ユニフォームにしても選手個々をサポートしている契約先との問題もそうです。また、アンチドーピングのルールについても普段のプロツアーとは異なるところもあるので、徹底した教育が必要になってきます。これらは日本だけの問題ではなくて各国でも同じだと思いますが、もう少し選手を早めに決めてもらえないと、いろいろなことが決められないし準備もできないというのが正直な気持ちです。
─ 期間中に各国の協会関係者ともお話をされたと思いますが、同じような苦労をされていたようですか
そうですね。それと競技のやり方について各国とも共通の話題として出ていた部分でしょうか。特に今回、私たちは丸山茂樹プロにヘッドコーチとして行ってもらいましたが、オーストラリアではイアン・ベーカーフィンチ、韓国でしたらK・J・チョイ、南アフリカでしたらゲーリー・プレーヤーというように相応のプロが同じような立場で来られていました。ただ、オリンピックという国を代表するスポーツにも関わらず、個人戦ということで何らアドバイスも出来ないし、競技中は選手に近づくことも出来ない。このようなことではコーチそのものの存在意義がわからなくなってしまうと。それから、せっかく国を背負って、国のためにという責任感を持ってプレーするオリンピックの中で、個人戦だけだとどうしてもそうした特色が出にくいねと。東京五輪に向けて検証して、もう少し団体色や国別対抗色が出るようにしたいね、というのが各国との共通した話題でした。
─ 今回、強化委員会の果たした役割、評価はどうでしょう。また東京五輪に向けての課題や取り組むべき点など、感じたところはありますか
リオに向けた強化委員の取り組みというものははっきりしていました。選手はワールドランキングを基にしたオリンピックランキングで決定しますし、代表決定からオリンピック開催までの短い時間では強化も何もできないので、強化委員会としてできるのは選手の環境を整えることだと。つまり、宿泊の問題や現地へ行ってからのサポートや、選手が集中してプレーができる環境を整えることが今年のリオ五輪の強化委員会として1番のミッションであるということは共通した考えでした。そうした意味ではベストでは無かったかも知れませんが、選手にはそれなりの環境を提供することはできたように思います。
一方で、東京五輪に関しては、まずは選手強化を図るにもどういう競技方法でどういう選考基準で選手が決まっていくのかがわからないと、難しいところはありますが、少なくとも日本で開催する訳ですから、例えばオリンピックの競技会場で練習をする、ラウンドを重ねる、或いは最終的な選手が決まらなくても候補選手についてはオリンピック会場で合宿をするだとか、開催国であることのメリットは大きいと思います。そこであと4年近くある訳ですから今のアマチュアの選手で3~4年後にプロになって活躍が期待できる層まで候補選手の枠を広げて、そうした環境を次々と与えていくという形になるだろうと思います。
─ そうした選手育成はJGAだけで進めていくということではありませんよね
オリンピックゴルフ対策本部自体はJGAとプロ3団体(JGTO・PGA・LPGA)の4団体で作っている訳で、このことはリオの数年前からオリンピックはオールジャパンでやっていこうということになっています。実際にPGAの倉本会長に強化委員長になっていただいたり、LPGAの小林会長には委員長を、またJGTOの青木会長にはアドバイザリーボードに入っていただき、丸山プロにヘッドコーチを引き受けていただいたりしております。またリオ五輪に出場した片山選手や大山選手はもしかしたら年齢的に東京五輪に出場するのは難しいかも知れませんが、少なくとも今の時点ではゴルフのオリンピアンは日本では4人しかおりません。彼ら自身、自分たちが得た経験や感じたことを次のオリンピックに出場する選手に伝えられるのは自分たちしかいないし、自分たちの最大の役目だということも言ってくれています。彼らもどういう立場、肩書になるかは別として強化委員会のようなところにある程度関わっていただいて、彼らが得たオリンピックの経験を繋いでいってもらいたいと思いますし、彼らからも協力したいと言ってもらっています。
─ 東京五輪に向けて取り組まなければならない課題はなんでしょう
選手の強化もそうですが、私たちは開催国になるのでオペレーションの部分でもナショナルフェデレーション(NF)としてある程度関わっていかなければならないと思います。もちろん中心はIGFと組織委員会でやることになりますが、やはりNFとしての役割もあると思います。例えば7月から8月の暑い時期にゴルフをしなければならないということの準備が必要です。暑さ対策はもちろん、アクセスの問題や、ギャラリー対策、或いは治安保全対策など、選手を送り出すだけではなく運営面での対策というのは、これから東京組織委員会の中でゴルフ競技の担当責任者(スポーツマネージャー)が決まって、その人と一緒に私たちNFが手を携えてやっていかなければいけないと思っています。
─ では、さらにその先のことですが東京五輪が開催される前にその後のゴルフ競技の存続が検討されていくと思いますが、復活して2回で終わらないためにどのようなことが必要でしょう
来年の夏のIOCの総会で2024年以降の競技が決められる訳ですからチャンスとしてはリオ五輪しかありませんでした。ただ、IOC、IGFはともに今回のリオでのゴルフ競技は成功したと思っています。トッププロ選手の参加辞退などはありましたが、少なくともメジャーチャンピオンやそれに匹敵する人が男女とも金、銀、銅とメダルを獲って、ギャラリーも入り、視聴率も良かった。これはIOC、IGFからしてみるとオリンピックのバリューとして成功したという見方になります。その一方で、特にテレビ中継をした時に、他の競技とは違って同じ時間に、同じフィールドの中でボールがたくさん飛んでいますから試合の展開が掴みにくいし、競技時間が長いためにだらだらとしてしまっているという意見も聞かれました。そうしたことを打破するために、もう少しわかりやすく選手の動きも活発になるような競技方法はないかというところが課題になると思います。それを来年のIOCの総会に向けてIGFは競技フォーマット、選考基準、選考のタイミングと合わせて対策とアピール方法などをまとめているところです。
─ 東京五輪に向けて今後何か公に発表する内容とタイミングはありますか
すでにIGFが競技会場を霞が関カンツリー倶楽部で正式承認し、今は年に数回、会場を訪れ、ゴルフ場、組織委員会、我々と一緒に確認作業を行っています(オリンピック用語でホモロゲーションと言います)。IGFの要望を取り入れたコース改造はほぼ終わっていて、次の大きな発表というのは恐らくゴルフの担当責任者、スポーツマネージャーが決まってからでしょう。スポーツマネージャーが決まれば今度は実際のゴルフ運営のチームが出来る訳です。そうするともう少し具体的なことが決まっていきます。まずはそうした組織作り、体制作りを行って、組織委員会の中にゴルフ担当チームというものを作って決めていくというのがまず1番にこれからやらなければならないことでしょう。ただ、開催国だからといって私たちが競技方法や選考基準を決められる訳ではなく、そこはあくまでもIOCとIGFの領域ですから私たちは手も足も出せません。開催国だから日本の声もある程度は届きますよねとか、発言権もありますよねとよく言われますが、そうしたことは全くありません。
─ 最後に東京五輪へ向けて、あるいはゴルフ業界へ向けて、何かメッセージはありますか
今、国立競技場を始めいくつかの競技会場のことや、選手村の問題などが取り沙汰されています。ゴルフに関しても会場についてもいろいろと言われる方がいるようですが、すでに霞ヶ関カンツリー倶楽部でやるということが決定している訳ですし、東京五輪でゴルフ競技があるということも間違いの無いことです。私たちはそこでいかにベストなものができるかということに注力していくだけだと思います。せっかく画期的なことが、東京五輪が行われる訳ですから、いろいろな意見はあるとは思いますが、決まった以上はそこへ向けてゴルフ界全体でワンボイスになってやっていきましょうというのが私たちの切なるお願いです。オールジャパンでゴルフ界が一体となって、東京五輪でのゴルフを成功させることに対しての動きを加速させていきたいと思います。
選手の育成・強化に関してもかなりのお金がかかります。きれいごとでは中々進まないこともあります。そのためにもきちんとしたプログラムを作って、それに対して皆さんからご支援をいただけるような形を早く整えなければなりません。そうして、オールジャパンで取り組んで最終的には東京五輪で日本からメダリストを出すという目標になるかと思います。私たちとしてはそうしたプログラムを早急に作って、皆さんにご支援をいただけるようにしたいというのが今の喫緊の課題です。