米ツアーとマスターズに思う「HOW」の重要性
文・写真/舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
選手が首を傾げる「HOW」
米ツアーは今季から開幕時期を10月に変更し、1シーズンがカレンダーイヤーの2年にまたがる新システムを初めて導入した。
昨季までは、シード争いの最後の砦という役割を果たしていたフォールシリーズが、今季からは開幕シリーズに変わり、昨季までは上位選手たちが外遊気分で遠征していたマレーシアや上海が、今季からはフェデックスポイントをシーズン早々に稼ぐための真剣勝負の場所に変わった。長年、米ツアーで戦ってきたベテラン選手たちは「例年なら、この大会に出て、この大会を休んで……」という自らのお決まりのスケジュールの変更を迫られ、どうも調子が狂い気味だ。
その影響があるのかどうか、今季は大会開幕直前の欠場や故障による途中棄権が続出している。体調に若干の異変や故障を感じても、不慣れなスケジューリングを強行し、その結果、無理がたたって欠場や棄権を余儀なくされるというケースも少なくないようだ。
とはいえ、米ツアー側は新しいシステムを2年以上も前から選手たちに提示し、時間的な余裕を十分に持たせた上で実施に踏み切ったのだから、このチェンジは決して無理強いではない。そう、いつから、どのように システムを変更するかという「HOW」を、米ツアーは選手に対して、あらかじめ、きっちり示したと言っていい。
だが、その「HOW」を選手が米ツアーに求めている問題もある。そう、以前から侃侃諤諤の議論を巻き起こしてきたスロープレー問題だ。ゴルフヒストリーを遡れば、スロープレーが大事な優勝争いに影響を与えた例は枚挙に暇がない。「なんとかしなくては」という危機感は関係者の間でも募るばかりだ。一昨年から昨年にかけて、米ツアーはマスターズ委員会やUSGA、PGAオブ・アメリカ、R&Aなどのゴルフ団体と手を取り合い、スロープレー撲滅キャンペーンを展開してきた。
だが、スロープレーは一向に減らず、毎週のように計測対象となる組が出ている。今季から新しい冠スポンサーを得て大会名が変わったばかりのバルスパー選手権は、せっかくの新生大会がスロープレー問題一色で終わってしまい、スポンサーもがっくり肩を落とす結末になった。大会3日目。最終組のロバート・ガリガスとケビン・ナはどちらも好プレーを続けていたが、前の組と2ホールも間が空いてしまい、2人とも計測にかけられた末、警告も受けた。が、ラウンド終了後、この計測と警告に2人とも不快感を露わにした。
ナは以前、奇妙なワッグルを何度も繰り返す悪癖に悩まされた時期があり、当時はスロープレー計測対象の常連だった。だが、その悪癖はすでに自力で解消。「だけど僕は色眼鏡で見られた」。
前の組でプレーしていたのは不調になると投げやりなスピードゴルフを展開する超短気のパット・ペレツだった。「パットは1打に1秒もかけないゴルフ。僕らは優勝争いの最終組。間が空くのは当然だ」とガリガスは憤慨。そもそもガリガスは米ツアー屈指のクイックプレーヤーで、これまで計測対象になったことは1度もなく、「ショックだった」。だが、最大の問題は精神的なショックではないとガリガスは声を大にする。
「問題は、本当は誰のせいでその組がスローなのかを示す方法や、計測するから急げと言われたときに具体的に何をどうやって急ぐべきなのかという『HOW』が、きっちりと定められていないことだ」
ルールを作り、それを実施するのであれば、そのルールを守るための方法を示すべき。ただ単に「遅い」「測る」「急げ」というだけでは「原始的で一方的。無理難題を押し付けているだけだ」とガリガスは強調し、そんなガリガスの言葉に多くの選手が頷いている。
ギャラリーとメディアに示すHOW
さて、話題を米ツアーから今季最初のメジャー大会、マスターズへ変えよう。
ルール作りという観点から見ると、プライベートクラブであるオーガスタナショナルが、そのクラブ内、敷地内だけに適用される独自のルールをあれこれ定めるのは問題ないし、頷ける。それらのルールはマスターズ観戦に訪れるギャラリーや取材に訪れるメディアに対しても、もちろん適用される。コース上を「走ってはいけない」に始まり、一般的に言えば「何で?」と首を傾げてしまう決まりも多々ある。
だが、それでもなお大勢の人々が世界中からオーガスタにやってきて、大喜びで帰っていく。
もちろん、マスターズという大会の歴史や伝統、出場選手たちが見せる一流のゴルフが人々を魅了することには違いない。だが、なんだかんだと口うるさいオーガスタに対する不平不満が人々の間から不思議なほど聞こえてこないのは、マスターズ委員会やオーガスタナショナルが歴史や伝統や権威にあぐらをかくことなく、今なお改良改善のための努力を重ねている証だ。
公式練習日にあたる月曜から水曜の3日間、オーガスタの正面ゲートには大勢の人々が詰め寄せ、朝8時の開場を待っている。整理係がマイクを手にして大声を張り上げるわけでもないのに、人々は整然と列をなしている。マスターズグッズを売るお土産屋の入り口には長蛇の列ができるが、そこでも列を乱す者は見当たらない。
なぜ混乱が起きないのか。おそらくその理由は、人々を誘導する看板が視界に入る場所にいくつも立てられており、人々がその場に到着した順番通りにきちんと整列させるための係員が十分すぎるほどの人数で配置されており、「横入り」のようなずるい行為は絶対に起こらないと人々がはっきり認識でき、納得しうるからだろう。みんながルールを遵守しているから、コトがスムーズに迅速に動いていく。たとえ長蛇の列ができていても、すいすいと早い動きが目に見えるため、待っている方はさほどストレスを感じない。
お土産屋1つ取っても、客の導線に無駄が出ないよう、工夫が凝らされている。入り口から売り場へ、売り場からレジへ、レジを終えたら、そのまま出口へという流れが作り出されている。
レジカウンターは10台以上、設けられていた。
1つのレジカウンターには2人1組の係りが配され、1人はお金担当、もう1人は袋に入れる担当。
購入した商品を梱包して発送できるシッピングサービスも備えていたが、レジ周りの混雑を避けるため、シッピング受け付けカウンターは屋外の別の場所に置いていた。
今年のヒット商品は、このトートバッグ。マスターズのロゴ入りでピンク基調の明るいデザイン。何でもポンポン投げ入れられる大型で軽量。肩からかけると持ち歩きやすく、値段も12ドルとお手ごろだった。まずこのバッグを購入し、コンセッションスタンドで買ったサンドイッチやスナック、あるいは飲み物が入っていたプラスチックカップをバッグに入れて持ち歩く人々の姿が目立った。
クラブハウスにアクセスできるチケットを持つ人は、プロショップでのショッピングもできるのだが、ここでは購入した商品を入れる袋の代わりに、今年はエコバッグを配り、これも好評を博していた。
今年はオーガスタ内に新名所もお目見えした。例年、オーガスタに入場するギャラリーは正面ゲートに殺到し、5番ホールの奥にある別のゲートは「裏口から入るみたいで気が咎める」と避けられていた。そこで昨夏、このゲートの近くに「サウスビレッジ」と名付けた新しい広場を建設。お土産屋とコンセッションスタンド、トイレや休憩施設を新設し、オーガスタの昔ながらのたたずまいを感じさせる建築様式で懐かしい雰囲気を醸し出した。さらには「アーメンコーナー方面」「クラブハウス方面」という具合にわかりやすく方向を示した小さなゲートも新設。各方面に続く道は静かな森の小道になっており、コース上でいくつかのホールのクロスウエイを横切りながら歩くより、ゆったりした気分でのどかな散歩が楽しめる。
オーガスタには、米ツアーのように最新式の電光掲示のリーダーボードや選手紹介ボードは無い。
オーガスタにあるのはボランティアがマニュアルで動かすクラシックなものばかりだ。が、練習日なら練習ラウンドのスタート時間や居場所を示すボードを建て、パー3コンテストには専用のスタートボードを作り、試合が始まれば、コース内の 各所に建てられたリーダーボードが上位選手の動きをリアルタイムで伝え、よどみなく動く。すべては、観戦する人々の便宜をどうしたら図ることができるか、どうしたら楽しんでもらえるかを熟考した上で実施しているサービスだ。
私たちメディアは、米ツアー大会ではロープ内を歩いて取材することができるが、マスターズだけは記者もカメラマンもインサイドロープが禁じられている。テレビ映りを損なわないため、パトロンの視界を遮らないためといった理由なのだと想像されるが、この決まりは、昔も今も、おそらく未来も、変わることはないだろう。「ロープ外からでは一打一打が見えない」「選手の表情や仕草がわからない」「取材ができない」「どうやって仕事したらいいんだ?」
世界のメディアからのそんな不平不満やリクエストに応えるべく、マスターズ委員会は数年前から記者一人一人の机に小型モニターを完備。バック9の全ホールと練習場、テレビ各局の放送すべてをモニターの5分割画面で見ることができるようになった。
メディアのインサイドロープを禁じ、取材上の規制を設ける代わりに、マスターズ委員会はどうしたらそこを補完できるかという「HOW」を考え、提供している。
それ以外にも、マスターズにおけるメディア向けのサービスは至れり尽くせりだ。メディアセンター内に数年前に新装オープンした専用ダイニングは朝から晩までバラエティに富んだ飲食物を提供してくれる。メディアセンターとゲートの間にはゴルフカートによる送迎サービスもあり、こちらも早朝から深夜まで常時稼働している。
コース上での携帯使用を厳しく禁じるなどマスターズは取材上の規制は多いが、その代わり、それを補うための「HOW」がきちんと用意されている。メディアに対する規制が最も多い代わりに、メディアに対するサービスは最も手厚い。ギャラリーに対する規制とサービスにも同じことが言えそうだ。だからこそ、オーガスタを訪れた人々からは不平不満がほとんど出ないのではないだろうか。
「オーガスタは天国だ」――今年がマスターズ初出場だったジョーダン・スピースは、オーガスタを天国と呼んでいた。選手のみならず、ギャラリーやメディアにも「ここは天国」と感じさせるサービスを提供し、努力を続けるオーガスタとマスターズ委員会。決して権威にあぐらをかかず、努力を惜しまないその姿勢は「さすがだ」と脱帽させられる。