舩越園子のWorld Golf FUN FAN REPORT
今年の全米オープンを振り返る
文・写真/舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
今年の全米オープンにはタイガー・ウッズの姿もフィル・ミケルソンの姿もなかった。ゴルフ界の2大スターが揃って不在となった全米オープンは実に20年ぶりのこと。開幕前からその状況を「淋しい」「物足りない」と感じていたのは、きっと米国のファンだけではなかっただろう。
だが、ウッズとミケルソンの不在という事実以外にも「今までとは何かが違う全米オープン」という感覚を人々に与えていた要素はいろいろあった。
エリンヒルズは全米オープン初開催のコース。多くのゴルフファンが全米オープンと聞いてすぐさま思い浮かべるオークモントやシネコックヒルズ、バルタスロール、ウィングドフットといったトラディショナルなコースと比べたら、開場からわずか11年のエリンヒルズは「歴史の浅いヒヨッコみたいなコース」と見る向きもあった。
歴史はともかく、コース設定はトラディショナルな全米オープンらしいコースに仕上げられるのだろうと思われていた。が、蓋を開けてみれば、コース設定もこれまでの全米オープンとかなり異なるものだった。
コース全長は7693ヤードでメジャー史上最長と発表されたが、実際は初日が7845ヤードに設定されるなど、その「延ばされ方」はとどまるところを知らない勢いだった。
だが、それでもなおその距離は優れた武器でかっ飛ばす昨今の選手たちにとっては「長いけど攻略できる」範囲で、コースの伸長は「選手をどこまでも苦しめるサディスト」と呼ばれてきたこれまでのUSGA(全米ゴルフ協会)の方針とは方向を異にしていた。
フェアウエイの左右に配された深いフェスキュー群は打ち込んだら0.5~1打を費やす“ハザード”ではあったが、フェアウエイ幅はところによっては50ヤード以上にも及ぶ広々とした設定ゆえ、一流選手たちがつかまる頻度は決して高くはなかった。
逆に言えば、フェアウエイを捉える確率は例年の全米オープンより格段に高まり、そうなれば、グリーンを捉える確率、思い通りにピンを狙える確率も高まり、折りからの降雨でグリーンはすっかりソフト。
「風が吹かなければ、すごいスコアが出るだろう。雨が降ってグリーンがソフトになれば、すごいスコアが出るだろう」(USGA)
ビッグスコアが続出することをUSGAがあらかじめ予測していたエリンヒルズのコース設定は、過去の大会とは大きく異なっていた。
実際、ビッグスコアは続出した。初日はリッキー・ファウラーが7アンダー65をマークし、3日目にはジャスティン・トーマスが9アンダー63で最多アンダーパーの大会記録を更新。驚異的なスコアの伸びに「今年の全米オープンは大失敗」と批判する声も聞かれたが、USGAにとってスコアの伸びは、そもそも想定内だったのだ。
それなれば、USGAは何を目指してコースを設定していたか?それは、ロングヒッターもショートヒッターも、ドライバーが得意な選手も、アイアン、ウエッジ、パターが得意な選手も、誰にも等しく優勝の可能性があるコースづくりを彼らは目指していた。
「14本すべてのクラブを使い、すべての面で競い合う全米オープンにしたい」(USGA)
4日間、毎日、異なる選手がスポットライトを浴び、リーダーボードが目まぐるしく入れ替わる大混戦になったこと。飛ばし屋のブルックス・ケプカがパワーのみならず正確性の高いショットでエリンヒルズを制したこと。それはまさにUSGAが望んでいた展開だった。
しかし、これまでとは違うもの、新しいものに人々が慣れるまでには時間が必要ということなのだろうか。今大会のTV中継の最終日の視聴率は史上最低だった2014年の3.3に次いで史上2番目に低い3.6と低迷した。
もちろん、その数字には、大会の成功・失敗のみならず、ダスティン・ジョンソンやローリー・マキロイ、ジェイソン・デイといった人気選手たちがこぞって予選落ちしたという偶発的な出来事の影響も反映されている。
開幕前、帝王ジャック・ニクラスは、全米オープンの姿を変えようとしていたUSGAは「アイデンティティを失いかけている」と批判した。1973年大会で8アンダー63を出して記録を打ち立てたジョニー・ミラーは、トーマスの63に対し、フェアウエイが広くて易しいエリンヒルズは「私の知っている全米オープンのコースではない」と、あたかもトーマスの63は自身の63と同等ではないかのような発言をして物議を醸した。
だが、時代とともにゴルフも大会も変化していくのは自然な流れだ。昔を知る人が今や未来に多少の違和感を抱くのは当たり前。その昔、完全なる「あるがまま」の状態で球を打っていたいにしえのゴルファーから見れば、ニクラスやミラーらの時代だって「ルールが易しくなりすぎたゴルフ」と思えただろう。
少なくとも、ケプカが素晴らしいゴルフで勝利したことは確かな事実。松山英樹が目を見張るような猛チャージで2位になった最終日、日本中が興奮に包まれたことも事実だ。
これまでとは趣が異なった今年の全米オープンは、人々にまだ戸惑いはあるものの、変遷期、過渡期にUSGAが打って出た思い切ったトライアルだったと考えれば、その成果は確かにあった、成功だったと私は思っている。