ゴルフトーナメントの楽しみ方 2
3日間18ホール完全生中継を実現したフジサンケイレディスクラシックの新しい試み
LPGAツアー第8戦「フジサンケイレディスクラシック」のトーナメント中継では、地上波・BS・CSに加えインターネット配信も行い、いわゆる4波による3日間18H完全生中継が実現した。ゴルフトーナメント放送が生中継にシフトしつつある中で、新たな放送体制を試みた舞台裏に迫り、トーナメント中継の新しい楽しみ方の可能性を紹介しよう。
通常トーナメントの倍以上の労力で迫力の完全生中継が実現された
今年の「フジサンケイレディスクラシック」(4月24日~26日、川奈ホテルゴルフコース富士コース)は、若手の注目株・藤田光里選手がプロ初優勝を飾り、大きな盛り上がりのうちに幕を閉じた。
一方この大会は、トーナメント中継の面からも大いに注目を集める試合となった。というのも、地上波・BS・CSの3波に加え、第4のメディアとしてインターネット配信も駆使し、いわゆる4波による3日間18ホール完全生中継を実現したからだ。しかもインターネット配信では、全組全選手の17番ホールのプレーを大会期間中に完全生中継するという試みもあった。
その大規模中継にチャレンジした、フジテレビスポーツ局スポーツ制作センタースポーツ部長の岡泰二氏に話を聞いた。
「弊社では、昨年くらいから『スポーツ中継はライブが基本』という方向性を持つようになっています。ゴルフだけでなく、これまでVTR放送が多かったフィギュアスケートもリレー放送などでライブにこだわるようになってきています。加えて『フジサンケイ』という冠が付いたゴルフイベントを持っているのはフジテレビだけですから、そこをもっと大切に有効活用していこうという考えから完全生中継に踏み切りました」
たしかにスポーツの生中継は、先の展開が読めないドキドキ、ワクワク感がある。これは結果が分かっているVTR放送では得られない楽しさだろう。しかし、3日間18ホール完全生中継となれば、クリアしなければならないさまざまな課題があることも確かだ。
通常のトーナメントでは15~18番ホール、日本オープンなどの公式戦でも11~18番ホールをカバーする程度。つまり、中継ホール数は4~8ホールくらいだ。しかし、18ホールのすべてを生中継でカバーするとなると、単純計算でも通常の2~3倍のスタッフや機材が必要になってくる。そこには大きな手間と経費がかかってくることは明白だ。
「今回は中継車5台、編集の車1台、スーパースローカメラ用中継車1台と、全部で7台の車を配置しました。カメラは固定カメラ45台、ワイヤレスカメラ4台など、全て合わせて53台のカメラを用意しました。通常のトーナメント中継でのカメラ台数は20台程度なので、今回は倍以上の機材が使われたことになります。また今大会の土日には、約300名の制作技術スタッフが動いていました」
これほどの人材や機材を使い、18ホールを効率的にカバーする体制を構築するのも一苦労だったようだ。
「まずは入念にコースを下見しました。ワイヤレスの電波を使って映像を流すので、コース内のどこに受信点を置けばどのホールをカバーできるかを入念にチェックするのです。映像や音声が途切れることなく、快適に視聴していただくために入念な下見は欠かせません。幸い川奈は障害物が少なく、やりやすいコースではありました。あとはなるべく少ないスタッフ、カメラで全ホールをカバーする方法を構築していきました」
トーナメント中継では、成績上位の選手や人気選手、注目組を絞り、その選手たちの18ホールの戦い方を見せていくのが基本。しかし、中には急にスコアがよくなる選手もいるため、それらの選手にも臨機応変に対応できるように用意するのがワイヤレスカメラだ。
今回は4台用意したワイヤレスカメラを、コース内のどこでも電波が途切れず自由に使いこなせるように受信点を構築することが一番苦労したという。18ホール完全生中継の裏側には、通常のトーナメント中継以上に入念な準備が必要だったのだ。もちろん試合当日にもさまざまな苦労があったようだ。
「VTRは本社で編集作業をしなくてはならないので、ある意味生放送のほうが手間は少ないのです。けれども、失敗した映像や音声、コメントを修正することはできないので、その分神経を使います。一瞬一瞬に100%の気を張っていないといけないので、そこはメンタル面も含めて大変な作業となります。また、朝から晩までの規模の中継を3日間やること自体が大変な作業ですし、地上波・BS・CSでどのようにつないでいくかという放送枠を、編成担当と調整することも大変でした」
加えて、技術陣は食事やトイレの時間がなかなか取れなかったりするなど、放送を見ている側からはうかがい知れない多くの苦労があったようだ。
それぞれのメディアの特性を活かし、楽しみ方はますます多様化へ
実はフジテレビが18ホール完全生中継を試みたのは今回が初めてではない。昨年の男子ツアー「フジサンケイクラシック」を、地上波・BS・CSの3波連動で完全生中継した実績があった。BS・CS→地上波→BS→地上波(緊急延長枠)という放送枠を最大限に活用し、最終日の濃霧による試合中断などのアクシデントを挟みながらも、無事に完全生中継を成功させていたのだ。
「昨年のフジサンケイクラシックでの18ホール完全生中継は、右も左もわからない状況で始まりました。スタッフもとても緊張感が高く、なんとか乗り切った感じでした。濃霧などで最終組のスタートが12時まで遅れましたが、それもフォローすることができ、結果的にはゴルフファンの皆さんに満足していただける放送になったと思っています」
このフジサンケイクラシックでの経験が、今回のフジサンケイレディスクラシックの中継作業にも大いに役立っている。
さて、昨年のフジサンケイクラシックでは3波による生中継だったが、今回はこれにインターネット配信も加えた4波体制だった。それぞれのメディアの使い分けやコンテツの狙いはどのようなものなのだろうか。
「今の時代、ワンソフトマルチユースで、いろいろなウインドウで見ている方も多いと思います。それで4波を使った放送を行おうということになりました。もちろん、昨年のフジサンケイより少しでも進んだ中継をしたいという思いもありました。テレビを見ながらネットを楽しむ人もいるだろうし、外出先でネットしか見ることができない人もいます。それぞれのメディアにあったコンテンツを提供していき、最後は地上波の視聴率につなげたいという狙いがありました。ですから、ネットで『地上波放送は何時から』などと告知もしていました」
そもそも3波の使い分けとしては、その特性から以下のような狙いがある。地上波とBS放送については、偶然チャンネルを合わせた人も見られるような敷居の低さが必要だ。そのために、いろいろなプレーや選手の顔を見せることが求められる。これに対してCS放送を見ている人は、視聴料を払って見ているコアなゴルフ好きと考えられる。そのようなファンに対しては専門的な解説やマニアックな映像を交えながら、プレーをゆったりと見せることが求められる。これに加えて、今回はインターネット配信も行った。
「ネットでは17番ホールのみの中継で『ホールインワン中継』として行いました。もともと17番はホールインワンの賞金がかかっていたホールなので、第1組から全組のプレーを収録することは決まっていました。朝から撮るのであれば、その部分をネットで配信したらどうかということで『17番ホール完全生中継!ホールインワンは出るのか?』といった感じでやることになったのです」
今回はLINEのライブキャストとYou Tubeを使って配信し、金・土・日それぞれ10万を超えるアクセス数があったという。単にトーナメントを中継するのではなく、そこになんらかの企画性や遊び心を加えた放送が、インターネット配信にフィットするようだ。そしてそれが、地上波の視聴率にも貢献したことは間違いないだろう。
「生放送なので、気になるのは競技進行です。今回は、最終日に6人のプレーオフになる可能性もありました。そうなったらどのように対応するか。一人に1台ずつのカメラを付けるのか、画面を6分割にするのかなど、いろいろ考えられました。それぞれのメディアの使い方も含め、そのあたりの対応の仕方は今後の課題になっていくでしょう」
それぞれのメディアにそれぞれの楽しみ方がある。ゴルフトーナメントという一つのソースを、いろいろなメディアで、しかも“ライブ”で楽しめるようになっていることは、ゴルフファンにとってうれしい限り。これからのトーナメント中継にも、さらなる進化が期待できそうだ。
固定カメラは各ホールのあらゆる場所に設置されていた | ワイヤレスカメラを使い臨機応変に対応する撮影スタッフ |