批判するより、黙って前を向く。 全米オープンの舞台になった チェンバーズベイの教え
ジョーダン・スピースの劇的な優勝で幕を閉じた今年の全米オープン。72ホール目にダスティン・ジョンソンがまさかの3パットを喫し、その瞬間、スピースの勝利が決まった大どんでん返し。手に汗握りながらテレビ画面に張り付いていたゴルフファンは多かったことだろう。だが、その一方で、大会の舞台となったチェンバーズベイに対する批判の声が方々で上がり、否定的な報道が目立ったのは残念だった。
チェンバーズベイは2007年開場の新しいコース。2010年に全米アマを開催した以外にビッグ大会、ましてやメジャー大会の舞台になったことはなかった。大半の選手にとって初めてのコース。開幕前、下見に訪れた選手たちは「難しすぎる」「メジャーの舞台にふさわしくない」「自分のゴルフに合わない」などと否定的な言葉を次々に発した。
いざ、大会が開幕すると、今度はビッグ3の一人、ゲーリー・プレーヤーが「史上最悪のコース」と強硬批判。それをそのまま活用した批判記事が世界各国で出回り、中にはコースに足を運ぶことも肉眼で見ることもなく、そうやって聞こえてきた不平不満の肉声だけを単につなぎ合わせた記事も見受けられた。
いい話より悪い話のほうが早く広く伝わっていくのは、この世の常。大会後、日本の友人知人から「全米オープンのコースって最悪だったんだって?」と何度も聞かれた。チェンバーズベイの批判ばかりが一人歩き。そこに生産性は何もなく、寂しさばかりが漂った。
ポジティブな姿勢と、その威力
だが、そのまた一方で、ゴルフ界の偉人やベテラン選手たちの中には、チェンバーズベイで開かれようとしていた全米オープンを楽しみにしていた人々も、もちろんいた。
帝王ジャック・ニクラスはチェンバーズベイに好意的。むしろ若者たちを叱咤する言葉を連ねていた。「最近の若い選手はコースが自分のゴルフに合うとか合わないなどと言う。だが、自分のゴルフをコースに合わせて戦うべきだろう?コースが好きでも嫌いでも、勝つためには戦うのみ。自分がどう備え、どう戦うか。それを十分にやり遂げた者の名前がトロフィーに
刻まれる」。往年の名選手、ヘール・アーウインは「いかにも全米オープンらしい全米オープンになりそうでワクワクする」と目を輝かせていた。
そして、実際にチェンバーズベイでの戦いを控えていたジョーダン・スピースの姿勢は、誰よりも前向きだったと言っていい。「ネガティブな気持ちでコースに来たら、その時点で、もう勝てないんだ」。だから、このコースが「好きだ。がんばる」というポジティブな気持ちを抱いてやってきたのだと彼は言った。さらに「先週、グリーンジャケットにちょっと袖を通した」なんて秘話まで明かしてくれた。気持ちを前へ、前へ。そんな彼の姿勢が、勝利へつながっていった。
黙って耐え、挑み、前を向く
スピースの姿勢は、今回の全米オープンに限らず、どんな大会においても、いやプロゴルファーとして人間としての生き方においても、とても大切な手本になる。
スピースは「無い」ものを「無い」と諦めたり不平不満を言ったりするのではなく、「無いなら生み出す」という姿勢で歩んできた。「大学時代の僕は、それはそれは貧しくて、生活費を稼ぎたくてプロになった」。出世払いする前提でキャディのマイケル・グレラーを相棒に携え、何の出場権も保証も後ろ盾もないまま米ツアー挑戦を開始。そうやってゼロから作り出し、作り上げていくたくましさを武器に、彼はマスターズチャンプに輝き、そして全米オープンに挑んだ。
チェンバーズベイでのプレー経験があったこと、グレラーがかつてチェンバーズベイでハウスキャディをしていた時代があったことは大いなるラッキー要素だった。だが、その幸運を生かすも殺すもスピース次第だ。「ネガティブな気持ちで来たら、その時点で勝てない」と言ったスピースは、恵まれた幸運をフル活用し、難コースを戦い抜いた。
「自分がどう備え、どう戦うか。それを十分にやり遂げた者の名前がトロフィーに刻まれる」と言ったニクラスの言葉は、そのままスピースを指しているではないか。
日本人で唯一、4日間を戦い抜いた松山英樹もスピース同様、チェンバーズベイに対する不平不満を開幕前から終了後まで一度も口にしなかった選手の一人だ。逆転優勝の可能性を信じてティーオフした最終日、彼の願いは届かず、18位に甘んじて悔しさを噛み締めた。だが、黙って耐え、挑み、前を向いた松山の姿勢には、スピースのそれと通じるものが感じられた。
他力本願、不平不満ではなく、自分の力で前を向き、掴み取る。そんな姿勢、そんな生きざまを見詰め直すために今年の全米オープンがあのチェンバーズベイで開かれたのではないか。私には、そう思えてならない。